それからも、私は前と変わらず、日吉には話しかけないで席に着いた。日吉も別段、前と変わらなかった。ただ、なんとなく前よりも親近感があるような気がした。
相変わらず、放課後、テニスコートに行くことは日課だったけど、向こうからも、そしてこちらからも、特に何も言わなかった。2人とも、私の「影で応援してる」という言葉を忘れてはいないからだろう。
しかし、日吉とも話さない、では、私は学校で一言も話していないことになる。それをどうやら、担任は気になったらしい。
「・・・・・・本当に、大丈夫なのか?」
「・・・何のことですか?」
「いや・・・。最近、学校でちっともしゃべってないような気がしてな。」
「そのことですか。・・・それなら、平気です。むしろ、前よりも楽しいですから。」
「・・・?そう・・・なのか?」
「はい。」
全くわけがわからない、という表情の担任を置いて、私は早々とテニスコートに向かった。こんなことを話している暇は、ないのだ。好きな人が好きなことをしているところを見なくては、ならないのだから。
しかし、まだ私は日吉に気持ちを伝えてはいない。別に今は、伝えたいと思わないし、何より、日吉がそういうのが嫌いだろうから、やめておいた。でも、そんなことを言っていては、いつになったら、言えるのだろうかとも思うけど、今はいいことにしておこう。
とにかく、テニス部は、関東大会とやらに出るらしい。日吉はあの日、正レギュラーから外された、とそう言っていた。だから、大会に出るかはわからなかった。けれど、心の中の私が、なぜか行った方がよい、と言うので、自分の勘を信じて、行くことにした。
「氷帝!!氷帝!!氷帝!!氷帝!!」
「跡部!!跡部!!跡部!!跡部!!」
当日。相手は青春学園とか言う、結構強いところらしく、氷帝はとても苦戦していた。向日先輩と忍足先輩のペアと、芥川先輩は敗北。樺地君は両者試合続行不能と判断され、ノーゲーム。だから、今のところ、勝利をおさめているのは鳳君と宍戸先輩のペアだけだった。あと、跡部先輩が負ければ、氷帝は敗退してしまう。だけど、跡部先輩が勝っても、青春学園とは引き分けになる。その後、どう決まるのかは、わからなかった。
結果は、跡部先輩の勝利。これで、青春学園とは引き分けになった。そして、両校の勝敗は、補欠の人の試合で、決まるようだった。
「やったーっ。ここで日吉さんが出てくるなんて、さすが氷帝だぜ!!」
「シングルスでは鳳にも勝っている、氷帝の次期部長候補だ!!」
その補欠として出てきたのが、日吉だった。そして相手は、1年生のようで、周りの人たちが氷帝の勝利を確信していた。だけど、また心の中の私が言った。そう簡単にはいかない、と。別に、日吉が弱いと思っているわけでもないし、もちろん、向こうの1年生の強さがわかるわけでもない。むしろ、日吉は強いと思うし、向こうは私より背が低そうな、非力な子だ。だから、そんな風に思ってもいなかったのに、心の中ではそう言っていた。
結果、日吉は負けた。日吉がその場に泣き崩れたのが見える。そして、それを支えている先輩達が見える。私には想像もできない光景だったけど、今、私の目が映しているのは、間違いなく、その光景だった。
「日吉!」
氷帝コールが響いている中、私は、1人歩いている日吉を呼び止めた。
「・・・来てたのか。」
「うん。影でコッソリ見てたの。」
「そうか。」
日吉がほんの少し、表情を和らげた。
「ねぇ、日吉。試合して、暑いでしょ?向こうの木がある所に行かない?きっと、涼しそうだから。」
「・・・あぁ。」
本当は、涼しそうだ、なんてちっとも思っていない。きっと、それは日吉もわかっている。実際は、誰もいない所で、日吉の話を聞こうと思っていたのだ。そして、日吉も何か言いたいのだろう。だからこそ、あぁ、と返事してくれたのだ。
「・・・とりあえず、お疲れさん。」
「あぁ。なんだか、本当に疲れた。」
そう言った、日吉はどこか虚しそうな顔をしていた。
「でも、試合の反省は必要でしょ?私のことは気にしないで、声に出して、敗因を考えてみたら?」
「・・・・・・・・・たぶん、実力は奴の方が、上だっただろう。それに、あのチビ助は、どうやら試合慣れをしている。後半に、あんなテンションが出てくるのは、その証拠だ。しかし、俺はと言えば、他校との練習試合も、ほとんど正レギュラーがやっていたから、あまり、試合をしていない。したのは、校内での練習試合やレギュラー決めの試合ぐらいだ。だから、そこで大きく差が出た。」
「・・・なるほど。」
「今の、わかったのか?」
「・・・・・・あんまり。」
「フッ。だ、と思った。」
そう言って、日吉が笑った。どうやら、少しはすっきりしたみたいだ。
「うわー。すごく馬鹿にされてる気分なんですけど?」
「すごく馬鹿にしてるつもりなんだが?」
「何それー!ムキー!!もう、怒った。さっさと向こうに行け!!」
「そうする。たぶん、学校に帰ってから、ミーティングがあるから。」
「はいはい。そうですかー。」
「フッ。本当に・・・。」
「何ですか?」
「いや、何にも。じゃあな。・・・ありがとよ。」
そう言いながら、日吉は立ち上がり、向こうへ戻ろうとした。そして、私も慌てて立ち上がり、日吉を呼び止めた。
「日吉!」
「ん?・・・・・・っ!」
振り向いた日吉の頬に、私は持っていたジュースをくっつけた。
「はい。私からの差し入れ。」
「・・・お前。・・・・・・一応、新しいのをくれよ。」
そう。私が持っていたのは、決して日吉用に買っていたジュースではなく、さっきまで私が飲んでいた、飲みかけのジュースだ。
「いーじゃん。こういうのは、気持ちが大事だよ。」
「自分で言うなよ・・・。まぁ、いい。ありがとう。」
「いいえ。ミーティング、頑張れよ!」
私はそう言った。ミーティングで、何を話し合うかなんて、もちろん、知らない。だけど、日吉がさっき、「ミーティングがある」と言ったとき、どこか嫌そうな感じが含まれていた。・・・もしかすると、ただ面倒なだけかもしれないが、私はとりあえず、頑張れと言ったのだ。日吉は、後ろを向いたまま、手を挙げて、それに答えてくれた。
次に私が日吉に会ったのは、日吉が鳳君に怒鳴っているところだった。
「でも、昨日も言ってたように、みんな日吉が適任だ、と思ってるんだよ。」
「だから、俺は昨日から反対している!!」
「それに、みんな前から、思ってたんだ。日吉だって、知ってるだろ?」
「お前らが勝手に言っていただけだろ!」
「だけど、俺も日吉がいいと思う。」
「うるさい!黙れ。・・・とにかく、俺は絶対にやらねぇ。」
「だから・・・!!」
「2人とも。おはよう。」
このままでは、きっと埒が明かないと思い、私は勇気を出して、2人に声をかけた。きっと、鳳君も、私のことは、いじめに遭っている子として知っていたのだろう。戸惑いながらも、返事を返してくれた。
「あ・・・。おはよう。」
しかし、日吉は黙ったままだった。
「おはよう、日吉。」
「・・・・・・悪い。向こうに行っててくれ。」
日吉は、それだけ言った。久しぶりに冷たい日吉を見た。だけど、今は、そんなことじゃなくて。私も思わず、言い返した。
「大切な話をしてるのは、わかるけど、そんな調子じゃ、いつまで経っても、終わらない。だから、あとで話した方がいい。それに私達、次、移動教室だから。」
私がそう言うと、日吉は無視して、教室に入って行った。
「ゴメンね、鳳君。大切な話だったんだよね?」
「いいよ。あのままじゃ埒が明かないからね。・・・それと、日吉に昼休みにまた、って伝えといてくれる?」
「うん。いいよ。」
「ありがとう。それじゃあ。」
そう言って、さわやかに鳳君は去っていった。それにしても、一体何の話だったのだろうか。日吉はあんな調子だったから、聞けそうにもないし、鳳君に今更聞くのもどうかと思うし。とにかく、私は教室に入った。
昼休み、鳳君が私達の教室に来た。すると、日吉は無言で立ち上がり、2人でどこかに行ってしまった。・・・それに、私は追っていくことにした。
そして、着いたのは、テニスコートの近く。先に言葉を発したのは、日吉だった。
「・・・間を置いても、俺は意見を変えるつもりはない。」
「日吉なら、そう言うだろう、って思ってたよ。」
「じゃあ・・・。」
「だけど、しばらく考えてみてよ。」
「だから・・・!」
「だって、部長は日吉しか、考えられないよ。テニスの実力もあるし、人を引っ張る力もある。」
「・・・俺に、そんな力はない。」
「あるよ。準レギュラーが今、あんなに強いのは日吉のおかげなんだから。みんな、日吉の努力してる姿を見て、自分も頑張ろうと思って、あんなに強くなったんだ。日吉は、そうやって、自分では、気づいてないかもしれないけど、周りを惹きつける力があるんだよ。」
「ねぇよ。」
「あるよ。」
「「・・・・・・?!」」
私は、思わず言ってしまった。だって、無いわけないもの。
「ごめん。実は追いかけてきた。・・・気になったから。」
そう言うと、日吉は余計に嫌そうな顔をした。
「関係無いだろ。」
「・・・・・・ごめん、鳳君。ちょっと、日吉と2人でしゃべっていい?」
「え・・・。あぁ、うん。」
鳳君は最初、少し戸惑っていたみたいだったけど、私が真剣に言っているのをわかってくれたのか、すぐにその場を去ってくれた。
「昨日のミーティングで、今のこと話し合ったの?」
「・・・だから、関係ないだろ。」
以前のように、日吉は本当に嫌そうに言った。
「だから、嫌そうだったんだ。あの時。」
そう。あの「ミーティングがある」と言ったとき、どこか嫌そうな感じが含まれていたのは、気のせいではなかったのだ。そして、私は長々と話し続けた。
「でも、私は、日吉が部長、って適任だと思うなぁ。たしかに、私はテニス部のこととか、何にも知らないし、毎年どうやって決められてるのかも、わかんないけど。それでも、日吉は部長に向いてると思う。だって、私も日吉の何かに惹かれた、1人だし。私でも、何かわからない。当の本人は、もっとわからない。だから、日吉自身にはわからないだろうけど、日吉は適任だって。何が不満なの?」
最後にそう言った。すると、日吉は答えてくれた。
「俺は、負けたんだ。この前の試合。」
私は、それを聞いて、呆れた。
「・・・何それ。それだけ?」
「それだけって・・・!お前、俺らの部じゃ、敗北は大きいんだよ!!」
「だからって、部長になれない、って違うでしょ?確かに、大きいかもしれないけど、それは関係ない!日吉が逃げる、言い訳にしてるだけでしょ?!」
「何だと?!俺が何から逃げる、って言うんだよ!」
「部長になることにビビってるんでしょ?部長になって、みんなをまとめられるのか・・・。部長になって、下剋上の相手がいなくなったら・・・。部長になって、勝ち続けられるのか・・・。部長になって、跡部先輩と比べられたら・・・。部長になったら、プレッシャーがかかる・・・。そういったとこから、逃げてるだけでしょ?!」
「・・・・・・・・・そんなわけ・・・!」
「そんなわけない?じゃあ、今の間は何?やっぱり、図星なんでしょ?だから間があった。」
「・・・ちっ。」
「日吉!!目、覚ませ!!そのプレッシャーに下剋上してみろ!!」
「・・・・・・・・・・・・。」
日吉が黙って、私はそのとき、気づいた。・・・言いすぎた。
「ごめん、日吉。・・・でも、部長になった方がいいって。そんで、この前の反省も生かせよ。この前、試合が足りないとか、言ってたでしょ?だから、今度自分が部長になって、試合の回数を増やせばいいじゃん。周りがついてきてくれなくても、お前らが決めたんだろ、って言ってやれ!」
そう言ってから、日吉を見ると、日吉が少し震えていた。・・・もしかして。いや、もしかしなくても、日吉は泣いていた。
「あ、あの!ゴメン!何か言い過ぎたよね?ゴメン!これからは、前のように影から応援するから!ね?だから、ゴメン!どうしても、部長になった方がいいと思ったから・・・!」
そんな風に焦っていると、日吉は少し、吹いた。
「違う。そうじゃない。俺にそんな風に言ってくれる奴は、今まで1人もいなかったから・・・。・・・ありがとう、。」
そう言って、日吉は顔を上げた。その顔に、涙の痕は無くて。とても凛々しくて。
「それじゃ、こんなことも言われたこと、無いんじゃない?・・・・・・日吉、好き。」
私は、はっきりと言った。今なら、言ってもいいような気がした。別に、このノリで誤魔化せられそうなんて、思ったわけじゃない。真剣に自分の気持ちを伝えたい、と思って口に出したことだ。前まで、言わない方がいいかもなんて、思っていたくせに。
「・・・馬鹿にするなよ。一応、ある。」
日吉は、そう言った。私の好きだ、という言葉に返事をするわけでもなく、無視をするわけでもなく、そう言った。そして、続けてこう言った。
「こそ、無いだろ。」
「うん。無いね。」
「、好きだ。」
「ありがとう。・・・だって、私、この学校で名前を呼んでくれたの、今の日吉が初めてだよ?だから、好き、って初めて言われた。」
私は、そう言って笑った。たぶん、すごく嬉しそうな顔をしているだろう、と自分で思う。
「そうなのか。」
「うん。日吉も、今まで名前、呼んでないよ?驚き?」
「・・・あぁ。それよりも、さっきのの口調に、驚いた。」
日吉は、少しからかうように言った。妙に、、という響きが心地よかった。
「伊達に、いじめを受けてませんよ。あれくらいじゃないと、みんなになめられて、余計いじめられるのよ?」
「相変わらず、変だな。」
「日吉もね。」
「・・・どういう意味だ。」
「そのままの意味です、日吉部長。」
「・・・部長、か。」
「何?まだならないとか言うんじゃないでしょうね?」
「いや。なる。誰が何て言おうと。」
「その意気だ!」
「じゃあ・・・、鳳に謝ってくる。」
私は、このとき、日吉が人間嫌いな本当の理由がわかった気がした。前は、ただ馴れ合うのが嫌いなだけか、と思っていたけど、そうじゃない。日吉も、私と一緒だった。お互い、認めてくれる人がいなかったのだろう。いや、いてもこうやって、言葉に出してくれる人がいなかったのだろう。だからこそ、似ている私達は惹かれあったのかもしれない。
でも、日吉。なんにせよ、私は日吉に惹かれた。そして、今、好きだと思っている。これって、すごい力だよ?
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結局、名前変換が最後にしか無くて、すみません・・・。
それほど、名前を呼ばれるっていうことが大事なんだということをテーマにしたかったんです!
・・・え〜っと。これが前回のあとがきで書いてた、理由です。微妙な理由で、ごめんなさい・・・。
そして、鳳くんはイイ奴ですよね。
彼はヒロインのことを「いじめに遭っている」と知っていても、普通に接してくれます。そういう奴っぽいですよね。
で、「へぇ・・・!日吉も女の子と喋るんだ・・・!!」とか呑気なことだけ考えてそう。
・・・・・・なんか、久々に長太郎が白く見えた・・・(笑)。